2009年7月 3日 (金)

新聞の使い方

会社で、メールチェックする前に日経新聞をチェックする習慣がきちんとつきはじめ、効果が表れた。7月1日、広告欄にH.I.Sの7月の大バーゲン発見。すぐに連絡をとり、売り切れが発覚。でも一度付いた旅行熱はひかず、結局、同じ熱に犯された友人が別のパックを発見す。というわけで来週の火曜からタイです。私はアジアは10カ国くらい行っているけど、10年前に行ったタイのチャオプラヤ川のボートが実は一番好きな景色だったりするのでとても楽しみ。広告欄しか読まないならスポーツ紙でもいいのでは?と思い始める今日この頃。。。サワディカ〜。

2009年6月15日 (月)

孤島。

上海にて。
夜中2時、翌日の打ち合わせを通訳スタッフの部屋でしていると、携帯が鳴る。

「やばい、豚にやられた。というより、やられていない。でもやられた。」

暗号ですか?と耳を疑うも、とりあえず状況把握のため、電話のかけぬしの部屋へ急ぐ。彼女の顔は真っ青で、本当に病気にかかったような様子。が、これは部屋のクーラーを強くしすぎて寝ていただけと後で判明。

現在中国では、1か月前の日本で、完全な水際作戦。機内では検温が行われ、搭乗客の中から2名ほど「健康に不安のあるお客様」が発見されたら、彼らを先に降ろし、私たちは残された。

私へかけてきた電話の主は、そのうちの一人なのではなく、一人の近くに座っていただけ。が、上海上陸2日目で、その機内で疑いありの方が発病したため、近くに座っていた人間を全員隔離することになったらしい。そして、夜中に部屋がノックされ、白装束&マスクをつけた中国人に連行されるはめになったらしい。

連行後6時間がたったが、電話の向こうの彼女はいたって元気。熱もなければ食欲はむしろ旺盛。ただし、7日間は飛行機に乗れないらしく、上海で足止め。

というわけで、私一人。いきなりハードになってしまった今回の出張。。。主催するパーティのスピーチも、某社会主義国直営会社の社長とのミーティングも一人でやるらしい。泣きたいです。。。そして寝不足で眠いです。

ここまで比較的全て順調だった海外出張。4回目ともなると、ハプニングも起こるってね。

2009年6月 9日 (火)

親ばか

犬を衝動買いしました(母が)。完全に親ばかです。の時には考えられなかった高級ドッグフードを買い与え、家はすでに二軒(ゲージ&キャリーバッグ)建ててあげました。週末に彼女は京都へ帰省予定ですが、270円払って新幹線にも載せてあげるそうです。

親ばかっぷりを全世界に発信し始めました。興味がある方はこちらから。

2009年6月 3日 (水)

パパラッチ

大好きなパスカルズのライブ@吉祥寺。

仕事終わり、吉祥寺駅から小走りで会場まで向かうヨドバシ前。思わず隣にいる5年後を読める彼女の腕を掴む。

「楳図先生!」

白い大きな星が散らばる真っ赤な彼しか着こなせないようなTシャツを来て飄々と歩く。

なんか幸先がいい。

ライブは最高でした。パスカルズは日曜の昼に聞く歌だと思ってたけど、その概念を覆す演出。そしてゲストの遠藤ミチロウさんのあのロックな声が、パスカルズのポップなサウンドと素晴らしいケミストリ。

ライブハウスの階段あがってたら、パスカルズの面々に遭遇しつつ、麺通団で麺をすすってたらロケット松さんも確認。さらに駅にはパスカルズ内の双子のバイオリニストさんたちも会って思わず、「どーもー。」と言ってしまった。向こうは知らないのに、、。

素敵な火曜日!

2009年5月20日 (水)

踏んで蹴って。

10時間程前に日本着。そのまま会社に直行。3時まで眠気と闘いつつスーツケース片手に帰宅。途中で自宅の鍵を会社に忘れてきたことに気付き妹に連絡。ジョナサンで待つ代わりに一ヶ月くらい続いている痛みを調べるべく閉店間際の病院へ。半月板損傷発覚。同時に、保険証も日本円も会社に置いてきたことも発覚。免許証をコピーしてもらって近日中にお金を届けることを病院に約束。とりあえず妹の帰宅を待つべく家から徒歩一分のジョナサンでビールでお酌。豚は大丈夫だけと、ふんだり蹴ったりです。ぶー。

2009年5月19日 (火)

わっしょい、わっしょい

祭りも今日で終わりです(私の仕事は)。いろいろと私がご迷惑をおかけしていることも多々ありましたが皆様のおかげでとても充実したお仕事になりました、ありがとう、ありがとう。

フライトまで起きていられるか心配なので写真を羅列。

Img_0469 お約束。





Img_0483 是枝監督の「空気人形」。ある視点部門のため、ソワレ(正装)なし。赤じゅうたんは歩いたけど、でも歩いただけ。。。来年こそはコンペを見てドレスアップして赤絨毯!作品は、、、気づいたら板尾がARATAになってました。

Img_0564 祭りだからなのか、インド映画のパフォーマンスなのか、なぜか会場前に突然、象が。カバの映画を作ったらカバ?!だれか作ってください。



Img_0453 ツアーガイド中の私。





釜山もベルリンも香港もできなかったけれども、これでご勘弁を。来月は上海よりお届け予定。そして、成田では1時間の検疫が待っているらしい。ちなみに、スイスの空港でもフランスでもどこにもマスク着用者はいませんでした(日本人以外)。

2009年5月 8日 (金)

豚風邪

メキシコ経由でアメリカから来た友人は無事に帰っていった。一時は保健所に連れてくかどうかで大騒ぎだったが、ぴんぴんしながらまんだらけ巡りをしていた。

月曜から、何十万という人が世界から集まる世界最大の映画まつりに行ってきます。メールには「How are you?」の代わりに「日本は行くのとりやめないよね?」の文章が入る。取りやめて欲しいところだが、今のところそんな命令はK3からはでていない。雲丹集団がとったことといえば、普段は空港で個人で入る海外旅行保険を今、回は集団でグレードアップされたものに入るという水際作戦どころか、水中作戦。高い保険に入ったのだから、ばい菌を持って帰らねば損かも?と、積極的にメキシコブースに出かけていくことにする。

2009年4月22日 (水)

国際電話のかけ方

イギリスの国番号は44。話はここから始まる。

ある日の午後、受話器片手にしきりに首を傾げている他部署の小ボスがいる。5分あまり格闘した結果、くるりと振り向き、国際電話のかけ方を聞いてきた。010を押して国番号ですと、元マイラインのしつこい勧誘に怒号をあげるお客様に毎日対応をしていた通信事業に従事していた私は教える。ああ、001はいらないんだと彼は言う。マイラインは浸透せず、、、と嘆くこともなく、マイラインの説明をして自分の仕事に私は戻った。それでも彼は首をかしげ続ける。きっと001も押すバージョンとかいろいろためしてみたのだろう。最終的に、そのかけたい相手のイギリス人の番号を教えてくれた兄メンのところに行く彼。恥ずかしそうに戻ってくる彼、「これ、国内電話だった。。。」と。聞いた番号を見せてもらうと、そこにはしっかりと「044」から始まっている10桁の数字が。はい、それは川崎です。みなさん、気をつけましょう。

2009年4月16日 (木)

特別な日

小学生のとき、母親の作った唐揚げやサンドイッチで仲のいい友達をよんで、誕生日パーティを開いてもらっていた。母親お手製の唐揚げから居酒屋の焼鳥に、ファンタオレンジからビールになったけれども、楽しく愉快な友達に囲まれて無事に31才を迎えました。集まってくれた雲丹集団の方々、打てば響く近隣住民の方々、並びになんのアピールもしていないのに忘れずに素敵なお祝いメッセージを下さるあなたたち、本当にありがとう、ありがとう。東洋的にも西洋的にも不吉な数字に囲まれて産まれてしまったわたくしですが、こんなにたくさんの人たちに囲まれて大吉です。

あ、、、ケーキ食べてないや。。

2009年4月 9日 (木)

掘る

ある方の送別会。その方は挨拶の場で言った。「なんでもやろうとするのもいいけど、掘り下げていくのが本当は大切」、と。その方は、プロデューサーを長いことされて、ご自身で勉強もされてアカデミックな場にも発信者として入られ、いろいろなところでトップをされて、めでたく定年(っていくつ?)。そこから選んだ道は、プロデューサーだった。一見いろいろなことをされたかのように見える経歴も、実は一つのことに繋がってたのだ。プロデュースされる作品も、人生のエキスがぎゅっと凝縮されている感じ。あんなのは30代、40代では撮れない。本当にダンディな方だ。

さて、私は何を掘っていこう。

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